最近出会ったブログで心を突かれたものがあったので、突かれるがままに思ったことを書いてみる。
例えば今、途上国のコットン農家について知りたいと思う。去年の夏に見た「モンサントの不自然なたべもの」(だっけ?)ではインドのコットン農家がたくさん自殺している様を描いていた。理由はモンサントの売りつける品種+除草剤によって畑が単一になって不作のときに収入が無いに等しく除草剤を飲んで死亡。それに加えて他で得た知識では、アメリカの補助金による安価なコットン輸出が途上国の比較優位のあるコットンよりも競争力があるために途上国のコットン農家は補助金の出ている先進国コットン価格と同じにするか売らないかを選ばなければならない。他ではまた今度は普通に搾取されている農家も存在しているとか。
そしてそのコットンはというと製糸のち縫製工業へ。布になる過程についてはあまり耳にしない。縫製工場では日夜女工が人権無視の状態で働かされ挙げ句建物のせいとかで死ぬ。たくさん死ぬ。そんなふうにしてできた服を私たちは着る。
これがフェアトレードの世界で描かれている現実。
一方日経ビジネスなんかを読んだらどうだろう。
メコン流域の労働賃金が中国の4分の1程度!生産拠点は中国からメコン流域へとうつる。しかもその労賃は試算によると10年間はいまの中国を抜かないそう。夢の生産領域。これからも人件費を抑えながら安価な良品を供給し続けることができる。消費者を満足させるサプライヤーであり続けられる。一方でメコン流域の働き口を増やし、彼らの所得増加に貢献することもできる。うぃんうぃんの関係。
もちろんそのためには、中国よりもインフラ整備が整っていない(一般的にね)メコンの開発から始めなければならないし、現地に人員を多く送り込まなければならない。現地開拓した企業がこれから乗り越えなければならない困難は多くあるだろう。それでも進出するだけの価値はあるようだからきっと優良な日本企業はあまたの障壁を乗り越えてメコンを生産拠点としてジャパンスタンダードを輸出し続けるのでしょう。そのためにも欧米より早く進出し、長期的な視点で現地との関係を築き始めることがまずなによりも重要である。
これがビジネスの世界で描かれている現実。
多分このギャップが今わたしを大きく惑わしているんだと思う。
どちらが本当?どちらも本当?どちらも嘘?
ビジネスの世界で描かれている流通経路のどこでフェアトレードの世界で描かれている人権侵害がおこっているのだろうか?
思うに、フェアトレードの世界で描かれている、人権無視の世界。そのような流通経路。に不満をもった人たちがオルタナティブな経済を築こうとフェアトレードとかなんだとかが始まった。people treeもうまれた。
その流通経路とビジネス界で言われている流通経路、どこか接しているはずだよね?なぜお互いが別の世界で描かれているんだろうか。そこにすごく矛盾、齟齬、誤解、気持ち悪さを感じる。なんだろう、むずがゆい。お互いにいいところしか見てない。どこかが接しているはず。
なぜこんなことを思ったかというと、最近の縫製工場見たさやコットン農家みたさがどこからきてどう流れて行くかを自分の中で考えてみたんだ。
なんで見たいかって、やっぱりそういう事故があったのは大きいと思う。そしてpeople treeとかINHEELSとかに同意しているから。服が好きだから、そういう労働環境で作られたものは減らしたいし、自分の着ているものに自信をもちたい。そしたらわたし将来はフェアトレードの服屋をやるの?って思いに至ったのさ。
でもそれってなんか違うって。
一方で日経を読みながら日本企業のアジア進出の記事にわくわくする自分がいる。アジアの今後の経済規模予測を見てどきどきする自分がいる。これからはアジアが中心なんだと思うと自分もその輪の中に飛び込みたいと思うし、東南アジアや南アジアの人たちと一緒に働いて、わたしの行った街に貢献したいという思いがこみ上げてくる。どんどん便利になって、みんな仕事について、田舎ももちろんあるけど、都会がきれいになって、ゴミ処理とかもできるようになって、治安もよくなって。
でもこれは社会の上辺だけしか見ていないよねって。
貧富の差の拡大を促すばかりな気もする。
それでも貧困層は変わらずいると思う。
ここで疑問。
私はアジア諸国の経済成長を願っているのか?
アジア諸国に蔓延する貧困問題を解決したいのか?
両者はトレードオフなのか?
最後の質問に否と答えたい。
多分願っているのは、経済成長、貧困削減に繋がる経済成長モデル。
多分だけど岡崎さんみたいに仕事ができたらいいんじゃないかって思う。彼の言わはることが全て実現してるのか知らないけど、モデルで言ったら一番夢に近いんじゃないかな。
少し整理されたかもしれない。
例えば今、途上国のコットン農家について知りたいと思う。去年の夏に見た「モンサントの不自然なたべもの」(だっけ?)ではインドのコットン農家がたくさん自殺している様を描いていた。理由はモンサントの売りつける品種+除草剤によって畑が単一になって不作のときに収入が無いに等しく除草剤を飲んで死亡。それに加えて他で得た知識では、アメリカの補助金による安価なコットン輸出が途上国の比較優位のあるコットンよりも競争力があるために途上国のコットン農家は補助金の出ている先進国コットン価格と同じにするか売らないかを選ばなければならない。他ではまた今度は普通に搾取されている農家も存在しているとか。
そしてそのコットンはというと製糸のち縫製工業へ。布になる過程についてはあまり耳にしない。縫製工場では日夜女工が人権無視の状態で働かされ挙げ句建物のせいとかで死ぬ。たくさん死ぬ。そんなふうにしてできた服を私たちは着る。
これがフェアトレードの世界で描かれている現実。
一方日経ビジネスなんかを読んだらどうだろう。
メコン流域の労働賃金が中国の4分の1程度!生産拠点は中国からメコン流域へとうつる。しかもその労賃は試算によると10年間はいまの中国を抜かないそう。夢の生産領域。これからも人件費を抑えながら安価な良品を供給し続けることができる。消費者を満足させるサプライヤーであり続けられる。一方でメコン流域の働き口を増やし、彼らの所得増加に貢献することもできる。うぃんうぃんの関係。
もちろんそのためには、中国よりもインフラ整備が整っていない(一般的にね)メコンの開発から始めなければならないし、現地に人員を多く送り込まなければならない。現地開拓した企業がこれから乗り越えなければならない困難は多くあるだろう。それでも進出するだけの価値はあるようだからきっと優良な日本企業はあまたの障壁を乗り越えてメコンを生産拠点としてジャパンスタンダードを輸出し続けるのでしょう。そのためにも欧米より早く進出し、長期的な視点で現地との関係を築き始めることがまずなによりも重要である。
これがビジネスの世界で描かれている現実。
多分このギャップが今わたしを大きく惑わしているんだと思う。
どちらが本当?どちらも本当?どちらも嘘?
ビジネスの世界で描かれている流通経路のどこでフェアトレードの世界で描かれている人権侵害がおこっているのだろうか?
思うに、フェアトレードの世界で描かれている、人権無視の世界。そのような流通経路。に不満をもった人たちがオルタナティブな経済を築こうとフェアトレードとかなんだとかが始まった。people treeもうまれた。
その流通経路とビジネス界で言われている流通経路、どこか接しているはずだよね?なぜお互いが別の世界で描かれているんだろうか。そこにすごく矛盾、齟齬、誤解、気持ち悪さを感じる。なんだろう、むずがゆい。お互いにいいところしか見てない。どこかが接しているはず。
なぜこんなことを思ったかというと、最近の縫製工場見たさやコットン農家みたさがどこからきてどう流れて行くかを自分の中で考えてみたんだ。
なんで見たいかって、やっぱりそういう事故があったのは大きいと思う。そしてpeople treeとかINHEELSとかに同意しているから。服が好きだから、そういう労働環境で作られたものは減らしたいし、自分の着ているものに自信をもちたい。そしたらわたし将来はフェアトレードの服屋をやるの?って思いに至ったのさ。
でもそれってなんか違うって。
一方で日経を読みながら日本企業のアジア進出の記事にわくわくする自分がいる。アジアの今後の経済規模予測を見てどきどきする自分がいる。これからはアジアが中心なんだと思うと自分もその輪の中に飛び込みたいと思うし、東南アジアや南アジアの人たちと一緒に働いて、わたしの行った街に貢献したいという思いがこみ上げてくる。どんどん便利になって、みんな仕事について、田舎ももちろんあるけど、都会がきれいになって、ゴミ処理とかもできるようになって、治安もよくなって。
でもこれは社会の上辺だけしか見ていないよねって。
貧富の差の拡大を促すばかりな気もする。
それでも貧困層は変わらずいると思う。
ここで疑問。
私はアジア諸国の経済成長を願っているのか?
アジア諸国に蔓延する貧困問題を解決したいのか?
両者はトレードオフなのか?
最後の質問に否と答えたい。
多分願っているのは、経済成長、貧困削減に繋がる経済成長モデル。
多分だけど岡崎さんみたいに仕事ができたらいいんじゃないかって思う。彼の言わはることが全て実現してるのか知らないけど、モデルで言ったら一番夢に近いんじゃないかな。
少し整理されたかもしれない。