4.03.2014

8th FairTradeTown International Conference

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3月27日から30日まで、熊本市で開催されたフェアトレードタウン(以下FTT)国際会議に参加してきました。桜が咲き誇る熊本城の近くの会議場で、約30カ国のフェアトレード(以下FT)関係者が集まってパネルディスカッションをしたり、FTショップを出したり、ワークショップをしたり、夜は関係者との食事会もあり、、FT漬けの4日間でした。
刺激をうけたこと、これからのFTとの関わり方など色々感じたことがあったのでまとめます。
  • FTT(フェアトレードタウン)とは?
フェアトレードタウンとは、市民、行政、企業、小売店、学校など街全体でフェアトレードを応援する市町村、群、県などの自治体のことです。”
フェアトレードラベルジャパン
熊本は日本で唯一のFTTですが、世界には1000以上のFTTがあります。FTTに認定されるには、フェアトレードや地域社会に関わる6つの基準を守らなければなりません。(詳しくはフェアトレードラベルジャパンのサイトへ!)
今回の第8回目となるFTT国際会議は実は記念すべきアジア初の開催でした。
以下、会議で学んだこと、感じたことを書いていきます :)
  • FT推進の2つのアプローチ
程度の差はあるものの、どの国でもFTに対する認知度の向上は常に課題であり、”raising awareness”はどのトークセッションでもキーワードの1つでした。
話を聞いていると全体的に2つのアプローチがみえてきて、ひとつは「地域社会とともにFTを取り込む」、ふたつめは「他の社会的団体とともにFTを促進する」です。
FT単体では存在感が薄くリソースも少ないため恊働するというのはいい方策ですが、そのような効率性の面だけでなく、FTは「地域経済への意識の向上・顔の見える関係の重視」につながるほか、そもそも「世界規模での環境・貧困・人権等の社会問題への解決策の1つである」という性質があるため、単体で行うのではなく、恊働して行うことが自然な動きで効果的であるのです。
地域社会との連携の例では、北海道の乳製品とFTココアのチョコレートの例や、多くの国のファーマーズマーケット等との連携がモデルかなあと思います。
他問題活動との連携は、大きなイベントを開催する際に有効な手段だと感じました。特に学生団体はこの連携を強めていくのが全体としていい結果(学生に影響を与えられる)になるのではないかなあと思います。(京大はサステイナブルウィークが6月にあるからぜひ今年もがんばってほしいな!)
また、それらとのintegratedity(そう聞こえたのですが、how integrated they areって意味で使ったのだと思います)も大切とのこと!
  • FT促進の際に気をつけること
credibility, trustもひとつのキーワードだったように思います。FTを促進するときには、FTの信頼性に気を配らなくてはなりません。
これに関して、信頼されるためにFTの内外からできることが2つあるように感じました。
まず、内からはサプライチェーンの透明性、そして生産者へ良い影響が出ていることを担保すること。特に後者は独立した団体から認証を得たり、測定可能な基準に則って測られていることが求められます。
次に、国際機関や著名な団体から支持されること。ある意味難しい話を出すよりもよほど説得力のあることかもしれません。これに関しては次の項目で書きます。
  • フェアトレードタウンの意義
今回の会議に出席するまで、FTTにあまり意義を感じていませんでした。FT促進運動の1つくらいに捉えていました。
しかし、FTTは行政を巻き込むという意味で他のFT運動と大きく異なります。行政は一般の市民に対して広くリーチすることができるだけでなく、(基本的には)信頼されている存在です。
会議中に知り合ったオランダのFTT関係者の方が、市長を味方につけた話をしてくれました。市長がFTの味を認めたため、他でも信頼されてFTの信頼度があがり、浸透しやすくなったという話です。
FTTと似たような運動で「フェアトレード大学(FTU)」という運動があります。これも私の中で小さな存在でした。けれど、もし大学当局を味方につけたら?総長を味方につけたら?大学生協を味方につけたら?今までリーチできなかった学生にも広くFTを伝えられることができると思うし、1学生団体より学校が公式に取り組む活動の方が信頼性は格段にあがると思います。
  • アジアにおけるフェアトレード
以上の話とはまた少しかわって、アジア(特に東アジア)におけるFTについて少々。今回の会議では、香港、台湾、韓国のFT関係者もいて、ヨーロッパ勢に比べれば少ないものの、アジアのプレゼンスも感じました。
しかし勿論どの国もヨーロッパはもとより日本よりもFT浸透度合いが低い状況のようです。
・今後の打開策
アメリカ人のFT関係者の方が以下のようなアドバイスをしていました。
それぞれの国のリーダーは、それぞれの国に見合った認証制度やFT制度を用い、時によっては独自に作成し、それによって人々の行動に変化がおこるようにすべきである。
・日本の立場
以上のアドバイスを、私は、アジアはヨーロッパに倣うだけでなく独自のフェアトレード推進方策を考えるべきだ、と捉えました。日本はそのリーダー・ロールモデルとなるべく他のアジア諸国と頑張っていく必要があると感じました。
・アジア独特のきっかけ
ヨーロッパは歴史的に南の国とのつながりがあり、キリスト教精神という面からもFTが自然とうまれる土壌にあります。それに比べ、アジアが裕福になったのは戦後、または70年代や80年代です。そのようなアジアとFTはどのように結びつくのか?アジアの関係者のプレゼンを通して、「国内における貧困や社会問題とのつながり」が強いと感じました。
例えば、日本では震災後に倫理的消費が増えているという調査報告があります。香港では、2005年に開催されたWTO閣僚会議のときに様々な労働団体が各国から集まり啓発されたそうです。そして、台湾では現在中国との「アンフェア」な可能性のある内容を含むサービス貿易協定の問題があります。
経済が発展途上だからこそ国内の経済(地域経済)と結びつきながらフェアトレード文化が発展していけばいいなと個人的には思いました。
  • これからの私とフェアトレード
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まとめです。ここまでなんて長い文章を書いたんだろう!
(大学内でやり残したこと、やりたいことは死ぬほどあるのですが)大学を卒業すると同時にサークル活動も卒業しました。正直FTするためだけに院生になりたいくらいです。楽しいしね。
卒業後のFTとのつきあい方はぼんやり考えていたのですが、FTT国際会議のあとで新しくでてきたことは、「地元である武蔵野市をFTTにしたい!」ということです。(ゆうて武蔵野はこれから5ヶ月しか住まないけど)
会議中に東京の女子大生から「熊本市と東京都ではFTTにするにしてもアプローチがかなり異なると思うが、どのような違いが考えられるか?」という質問がパネリストに向けてありました。
これに対し、ロンドンのFT関係者の方が「ロンドンは34区にわかれているが、1区ずつFTTにしていき、半分以上がFTTとなったときロンドンをFTTと呼ぶようになった」と話していて、「これだ!」って思いました。
武蔵野市は私自身が持っているローカルネットワークもあるし、これから作り出せるものもあります。そして多分だけど、市民は市のことが好きだと思います。(これ大切だと思う)
全く形になっていないけれど、ぼんやりとそんなことを考え始めました。これからどうなるかはわからないけれど、なにかやりたいと思っています。卒業しても、みんなそれぞれの場で自分なりのFTやっていこうね!

おわり。

10.08.2013

先生とのお話まとめ

先生のところに行くといつも色んな話をしてもらえるから嬉しい。
今日はイギリスの公衆衛生界の話。

・イギリスの公衆衛生の話
イギリスでは最近の政権交代に伴い公衆衛生機関が
政府の外から政府内へとうつったらしい。
それでも実務に変更はなく仕事内容はかわらないそう。
それは業界が専門家でなりたっており、専門家の行き来が柔軟なため、
機関の外側がかわっても内側での人事の変化に問題はない。
政府内外での専門家での人事交流が盛んなため。
日本では政府内の人事と外の人事が異なるため
このような変化での大幅な人事変更、業務内容変更が予想された。

・ヨーロッパの産業界の話
ヨーロッパでは流通経路の各段階の産業の中の業界が充実している。
たいていはその産業の企業をまとめる組織(アソシエーション)が存在しており
各産業の問題解決やガイドラインの作成などの自己管理を担っている。
公益の受容者のサポートをする。
例えば政策を作るときに諮問されるのも業界組織だし、
(日本では政府に専門家が雇われるが、EUの業界は専門家をもっている)
政策を作ったときに通達・実行するのも業界組織である。
(日本は行政が直接出向く)
これもまた業界内での専門者層があついからかなうこと。

海外と日本の専門家の育て方のちがい、
日本で今後どのように育ていくのかというのを考えているそう。
気になる〜

感想)

・業界の話、日本でもまだ強い業界組織というのはないらしいけど
途上国にも必要だなあと思った。
そしてこの必要だなあという感覚自体は信じているのだけど
この議論と結びつけるだけのはしごがないから
もっともっと勉強しなくてはと思った。



9.29.2013

モモ





p.275
モモはただ彼をじっと見ました。なににもまして彼が病気だということ、死の病にむしばまれているということが、よくわかりました。

pp.321-322
「それは、どういう病気なの?」
「はじめのうちは気のつかないていどだが、ある日きゅうに、なにもする気がしなくなってしまう。なにについても関心が持てなくなり、なにをしてもおもしろくない。だがこの無気力はそのうちに消えるどころか、すこしずつはげしくなってゆく。日ごとに、週をかさねるごとに、ひどくなるのだ。気分はますますゆううつになり、心の中はますますからっぽになり、じぶんにたいしえも、世の中にたいしても、不満がつのってくる。そのうちにこういう感情さえなくなって、およそなにも感じなくなってしまう。なにもかも灰色で、どうでもよくなり、世の中はすっかりとおのいてしまって、じぶんとはなんにかかわりもないと思えてくる。怒ることもなければ、感激することもなく、よろこぶことも悲しむこともできなくなり、笑うことも泣くこともわすれてしまう。そうなると心の中はきえきって、もう人も物もいっさい愛することができない。ここまでくると、もう病気はなおる見こみがない。あとにもどることはできないのだよ。うつろな灰色の顔をしてせかせか動きまわるばかりで、灰色の男とそっくりなってしまう。そうだよ、こうなったらもう灰色の男そのものだよ。この病気の名前はね、致死的退屈症というのだ。」
モモのからだを悪感がはしりました。



10年ぶりくらいにモモを読みました。
今SNSをとりあげたら致死的退屈症になる人はゴマンといるんじゃないかなあ。


p.95
けれど、時間とはすなわち生活なのです。そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです。


良いね。

9.22.2013

大学4年間の意義を求めて。

自分との対峙

院へのPersonal Statementを書くために
自分の経験、蓄積、将来像を書き出し
実際の合格者のPersonal Statementを読み込み
どうしても拭えない感情にぶちあたった。

常にないふりをしていた不安がある。
不安のない人はいないのだから
自分の不安、未熟さ、それは問題ないのだと言い聞かせてきた。

あるいは強さの欠如。
強い意志、自分を突き動かす動機が感じられない。
私はなにをしてきたのか?
私はなにをしたいのか?


背き続けた弱さ

小学生の頃から塾に通い、都内の私立中高一貫校に通う。
皮肉にも器用な性格故にうまくこなすことが得意だった。
なんでも楽しめる性格が功を奏して順風満帆の18年間+浪人の1年間。

晴れて合格した先の京大で待っていたのは、レールのない4年間。
レールらしいレールを求めて部活を始めるも相性が悪く10ヶ月で退部。
その後、見たことのない自分との出会いが待っていた。

正解がない恐怖を初めて味わった。
好きなひとやものがない世界を初めて知った。
なにもしない毎日を初めて過ごした。

家族は遠方で、友達とは気が合わず、学校にも行かず、
ひたすら自分の殻にこもっていった。
自分が何をしたいのかわからなかった。
自分がなぜなにもできないのかわからなかった。
自分の弱さを初めて知った。
1人じゃ何もできない。意思もない。強みもなにもない。
これが、自分だった。


闇の中の小さな光

弱さに怯えながらもひとつだけ続けたものがある。
フェアトレードのサークル活動。

2回生の5月に興味をもったとき
これを離してはいけないと感じた。
大学に入ってから初めて興味をもったものだから。

これを離すとまたなにもなくなってしまう。
それが怖くてひたすら打ち込んだ。
弱い自分はいつでもそばにいて隙をついてはすぐに出てきた。


転機

その後3回の夏にUC Davisに3週間渡航した。
その3週間が私を再び道の上に戻してくれた。

学ぶことが楽しくて、誰と話しても楽しくて、英語を使うのが楽しくて
生きるのが楽しいということを3年半ぶりに思い出した。
何でも楽しめる自分、強い自分が戻ってきた。
みんなが弱いことも教えてくれた。
初めてできた仲間だった。

そして大学生活残りの1年半をこの大学で強く生きようと決めた。


残りの1年半

まずは足りない単位を補うために4回前期まで学校に通った。
授業をまじめに受けて、授業からなにかしら得るようになった。

そしてフェアトレードの活動も今まで以上に力を入れた。

大学生らしく京大生とたくさん遊んだ。

個人で途上国へ渡航しようと思いグラミン銀行のインターンに参加した。

卒業論文を始めた。
大学生になって初めて勉強することが楽しい。

ようやく人並みの学生生活を送れるようになった。


やりのことしたこと。

交換留学をしたい。
できれば1年くらいいて、語学または経済学を勉強したい。
学部のうちに語学を修めておきたかった。

途上国経験をしたい。
1ヶ月以上の滞在はしたことがない。
NGOのボランティア等で1年ほど開発の現場に携わり
実際に何を学ぶべきなのかを肌で感じたかった。
また今後のモチベーションの形成にもなると思う。

フェアトレードサークルを続けたい。
京大内でのフェアトレードの普及にもっと尽力したかった。
京大生は理解があるから広範な普及は不可能ではないし
色々なメソッドを確立してきたところで引退なので惜しい。


わたしの大学生活

その半分以上は鬱状態でなにもできなかったように思う。
それでも弱さに出会えたことはとても大きな強みになる。

今まで不登校の子の気持ちも劣等生の気持ちもわからなかった。
あわない人がいることも知らなかったし
他人が自分にここまで関心がないことも知らなかった。
人間の負の気持ちというのを一挙に学び取ることができた。

自分で思うのは、前向きになれない人に対して
以前より優しくなったということ。
そして、うまくいかないことに対して
自分をうまくコントロールできるようになったということ。

それでもやはり、やり残したことは大きいのである。
開発で院に行こうとする人という基準で考えると
私はまだまだスタートラインにたったところで
これから院で吸収することの素地を作り上げたいというのが本音だ・・・

あと2年間、京都で学生をすることも視野に入ってきたかもしれない。

追記:結局京都は出た!

8.26.2013

review for ARUN social business contest 2013



i participated in ARUN social business contest held in Cambodia on Aug 4-10.

there were two purpose to attend this;
1) to experience to plan social business
2) to make it help to decide future research area; business or agricultural economy?

and each result for them is like this

1) throughout this program especially last 3days we deeply engaged in planning, i strongly felt I CAN BE A SOCIAL ENTREPRENEUR.
it seems to be easier than i expected. it is always bad point of me to evaluate my value worse and make everything hard to attain. however, this experience turned the foolish thinking and encouraged me to have self confidence.

there are two reasons that i think i can be.
first of all, there are too many problems in Cambodia that even three days research conducted by students revealed a lot, at least 5 for each group. it seems rather easier to find out problem or people in need and to help them than japan.
secondly, there are numerous entrepreneurs who succeed in Cambodia and enjoy their business, i mean there life. they are so impressive and admirable for me. and i feel sympathy with them than Japanese office workers. doesn't it mean that i am one of 'this side' of people?

so my trial to attend biz con and use it to build my career was successfully achieved.

2) then, how about my major?

to say honestly, i prefer urban business than rural business because i was grown in metropolitan Tokyo!

however, as a research point of view, it was really interesting to go and see around rural area, the life style of farmers and how farmers cooperative works. i was clearly excited at many things there and can't help telling it to my peers in class because it was interesting.
so one result is this:
- i should study rural development especially agricultural economy.

i think i can't completely engage in rural matters all alone if i started business.
but i still believe that i can work there if i work with urban youth, who has same ambitions with me.
i met a lot of such students this time and i deeply believe them that we share a same goal.
what i wanna say is i wanna keep studying rural development.


these were my purpose and achievement.

of course there are numerous extra learnings from this program.

probably biggest thing is 'friendship'.
it is easy to say we are friends, but this time it literally truely means that
because i've never seen students group like them, who share same goal,
who are serious to work on that and who are actually working on them in some ways.
it was so natural that we talked about problems in Cambodia even at the first day we met.
they are all inspiring and encouraging still now through Facebook.
Also it was first time that i could so deeply believe in my team in biz con.
that may be because that we spend whole three days together and
shared all difficulties and happy time related to our plan.


also there another thing but i stop writing what i learned here
because these three are the most important things.


finally, i'll introduce what i planned there.

our service is to help students who are economically challenged, have inequality in opportunity and from rural area to get internship or volunteer chances which follows to their future career.

in particular, we provide three services.
1) Web based platform 'intervo' (was the name): it is similar to japanese job search engine.
2) consulting system. many students don't know where and how to start searching interns, even they know them, sometimes it's difficult to match there exact interest to the programs. so we provide consulting service to solve those problems together.
3) training service. (paid) since lots of students are afraid that weather their skills meet with qualification  or not and have worries about other technical issues, we provide simple training which includes whole preparation to internship or volunteer program so that they can start their program smoothly and without  basic problems.

the background of this service is;
in Cambodia, job searching market is still depended on connection. so that less opportunity students like from rural area find it difficult to find out a good job even though they are skilled and well-trained. one reason is this.
another reason is that even though there are enormous youth in Cambodia, few of them are skilled and gradually mismatching between companies who want skilled student and students who don't know what they should learn. training for them solve this problem and furthermore, help economic growth in Cambodia.

that's all.
we couldn't complete financial part.


these are everything i got from that program.


i can't appreciate anymore to everyone i met there.
thank you so much.

8.05.2013

Day1

今日の予定
8時カンファレンスルームにて集合、アイブレ。
10時Friends International訪問
13時お昼
14時半プレゼンテーションおよびディスカッション
19時よるごはん
おわり。

・アイブレ
チームメンバーと出会う。
アイブレは普通な感じ。
あんまり覚えてない。

・Friends International
1.概要
ストリートチルドレンのケアをする団体。
メインプログラムはカンボジア(プノンペン・シェムリアップ)、ラオス、タイおよびインドネシアで展開している。
他にもエジプトやホンジュラスなどではパトーナーと組んで活動している。
名前は現地語で「友達」という意味の言葉を使うため国によって異なる。

2.対象
彼らの子どもの定義は「0歳から24歳」。
一般的には18歳まで、20歳までと言われるが、中には事情により進学が遅れている子もおり、その子たちが卒業する年齢を考慮して24歳までとなっている。(進学の遅れとは、例えば9歳から小学校に入学するなど)
彼らが現在の状況から抜け出すことを目的として活動している。

3. 活動
①15歳以上の子ども
彼らには職業訓練を行い、フレンズを出たあとに安定した収入を得られる手だてを授ける。職業訓練所には9〜10種類ほどのプログラムがある。(料理、ウェイター、工務、洋裁、美容関係、理髪、電気、電子機器など)
②14歳までの子ども
14歳までの子どもが職につくのは児童労働にあたるため、彼らの親に働きかけることになる。
(a)両親とtransrelationshipを結ぶ
両親のところへおもむき、子どもを学校に通わせるように説得すると同時に、親には職を与える。家の中でできる職を与え、子どもが親と過ごせるようにする。親の職業訓練もフレンズが行う。
(b)microenterprise
グラミンで聞いたような…
職業訓練ではなく、新しいビジネスのスタートアップを手伝う。これは自分でものづくりをするわけではなく、例えば砂糖の精製や、小売り業務などについて。

4.ほか
・トレーニングは18〜24ヶ月くらいかかるが、個人の状況に依るところが大きい。
・新たな技術を身につけるために、一度フレンズを卒業した子どもが戻ってくることもある。
・親とパートナーシップを結ぶときは、Case Managementを開き何度も話し合い、説得する。職業訓練などの最中でも開いており、フレンズとの関係がなくなるまで続くが、途中で逃げたりして閉じることも多い。
・子どもはout reachによって探す。実際に毎晩巡回する。
・コミュニティーにおもむき対象となる子どもを捜すこともある。
・回転率は25%ほど。収入2.3million中0.5millionが純利益らしい。

5. FRINDS'N'STUFF
職業訓練等により作られた商品を売るお店。
しょうもないものを作るつもりはなく、市場で競争力のある外国人旅行者向けの商品を販売している。
ソーシャルビジネスも市場では競争的でなくてはならず、このシステムを従来のビジネスと同様なものであると説得することが大切である。
' If it works, it's fantastic!'
レストランの経営も同様のコンセプトのもと行っており、資本形成の重要な機会となっている。

・15時、プレゼン。
私は準備不足故かなりカジュアルなプレゼンになった。
っていうか思ったのと違っていた。(笑)
5つのプレゼンを通してソーシャルビジネスとはなにか
ソーシャルインパクトとはなにかということを
各国の学生の子たちと議論をかわし合ったため
お互いの共有認識ができたように思う。
おもしろい時間だった。
その後チームにわかれて少し話し合った。
私たちはそれぞれがソーシャルビジネスのアイディアをもちよって話していた。

眠い、寝る。

8.04.2013

KURATA PEPPER

プノンペンにあるKURATA PEPPERという胡椒やさんにいってきました。
あまり意図せず行ったんだけどたまたまオーナーの倉田さんに出会って色々とおもしろい話が聞けたからまとめます。

倉田さんはカンボジアでジャーナリストとかになろうかと思ってカンボジアに来たけれど、そもそも産業がないので興そうと思って色々していた結果現在の胡椒屋に至る。

カンボジアの南端、コッコン州スラエインバルに契約農家を持ち、加工等は自分たちで行っている。

以下聞いたことまとめ。

・カンボジア産が「ベトナム産」として輸出されている現状
ベトナムだけではなくタイなど周辺国産としてカンボジア産の胡椒が輸出されている。
例えばタイでは胡椒輸入量1000トンと言われているが、
実際は3000トンほどカンボジアから輸入している。
理由は、カンボジアには市場・加工工場がないために胡椒を加工して輸出できないから。
さらに、プノンペンから遠い地域ではベトナムのホーチミンの方が市場として近いため、農家はそちらに売りに行くし、ベトナムのバイヤーがカンボジアに買付にくる場合もある。
カンボジア産胡椒を輸出するためには、市場と加工技術の確保が必要となる。

・カンボジア産胡椒へのこだわり
カンボジア産の胡椒はインドネシア種に近いものであり、固有のものである。
しかし戦争などでカンボジア胡椒の伝統が途絶え、
現在は多くの農家が品種改良されたインド種に近いベトナムの胡椒を栽培している。
そこで、伝統的なカンボジア胡椒を育てぬいてきた農家に出会い、
その農家さんとともにカンボジアの胡椒の振興を始めた。
ちなみにカンボジア胡椒のほうが香りが高い。

・国際コショウ共同体について
国際コショウ共同体はインド、マレーシア、インドネシア、ベトナム、スリランカ、ブラジルの6カ国が加盟している胡椒に関する共同体。
国際コショウ共同体は胡椒の価格調整を行う団体。
過剰生産の年は備蓄するなどして価格の暴落を防ぎ安定的な収入と供給を支える。
ちなみにマレーシアでは胡椒の流通制度が発達していて、
農家が政府(?)に収穫した生豆の胡椒を持って行くと
選別、加工、輸出を一挙にやってくれるらしい。
これはマレーシア政府が胡椒産業を重点産業として扱っているからこそ!
カンボジアでは国が胡椒に力を入れていないこともあり、
胡椒生産量はスリランカに次ぐ第7位にも関わらず
国際コショウ共同体には加盟していない。

・農協について
カンボジアには全国的に組織立った農協(全農)のような機関はなく、
各地で自主的に組織された農協が3000ほどある。
このうち成功しているところでは信金を設立したりしているが、
基本的にはトラクターを共有するなどのレベル。
ちなみにコショウに関しては今年の2月にカンボジアコショウ生産者の会が開かれ
コショウ生産に関わる人たちが情報共有する場ができてきつつある。

・有機農業認証制度について
カンボジアにはCOrAA(Cambodian Organic Agriculture Association)という認証制度がある。
一般の国内消費者は有機に対する関心がまだ薄く、
この認証を重視しているのは現在高級な国内消費、例えばレストランやホテルなど。
輸出用でもないらしい。
国指定の制度はまだないため現在促しているところらしい。
ASEAN域内で有機農業統合の動きはでていて、そこにのっかれるような輸出用制度の確立も望まれている。
ちなみに日本の有機農業は完全な無農薬ではないためJASはCOrAAよりもゆるいらしい。

R.I.P to my dearest friend

My close friend in Tucson committed suicide It was Saturday morning here 7:30am Woke up and checked my phone Had a message from Tucson...