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6.06.2017

長い戦いが終わった

卒業してしばらくして、思い立ってサンフランシスコに来た。2週間。今日はちょうど1週間経ったところ。UCバークレーのメインライブラリーのソファに座った、正直めちゃくちゃ臭い。ふわっとにおう。けど実は私も湯船に頻繁に浸からなくなってこの臭いを自分から感じる日もある、反省。

今日は、友達の友達であるりこちゃんに進められて出会ったまゆみさんに話を聞いてもらいに来た。彼女は人のカラーが見える人で、心や思考のこりを独自のリーディングでほぐしてくれる人。今の私にはその類の人がとても必要だった。苦しんだ2012〜2013年頃のことを思い出す。もう4〜5年も経っているんだ!

彼女が私に見た色は、白、黄色、グレーと、深い緑だった。
白は、清廉潔白、神聖で不可侵な白と、そこからグラデーションになってふつうの白が広がっていく。自分に神聖な白があって驚いたし、嬉しかった。守りたかったものが守れていた気持ちだったし、高めたかったものを高めれていた気持ち。
ふつうの白からは除菌という言葉が出てきた。それはとてもわかる。今は努めて、嫌なものを排除したり、思考停止したりするようにしている。それが私が過去数年間で築き上げた自分の守り方だった。除菌、してる。
黄色は輝いている純粋な色。細くハイライトとして入っている。これは今の私を表していると思う。最近になって強く出たんだと思う。自分の陽の部分全てを担っている強いきりっとした色。
グレーは忘れた。
深い緑は、許容の色。これは以前は努めてもっていたものが、経験を経て自分のものへとなっていった色。うん、今、確実に自分の許容範囲は広がっている。

私のキャンバスには、まんなかに好奇心がわさわさと湧いている。それは知っている自分。全てのピュアな原動力。
隅の方に三角座りしている小さいものがいる。それは、私が好奇心で圧迫されたときに落ち着く場所。
体格には黒いゆらっとした細長い影があって、それは多分父や社会やそれにつられた恐怖や不安、その先に美しくたゆたう波がある。
その波がいつも私を動かすもの。美しい原動力と理想、違う世界。水面がキラキラしてる。多分、その中はいろんなものがあるけど、外から見る分には魅力的でたまらない。

他にもなんか浮いているものがあるけど、今回は省略。

いっぱい話した。

絵が、とてもorganizedされていると言ってくれた。嬉しかった。
私から、暗いものや悲しいものを感じない、良い予感しかしないとしか言ってくれた。

20代30代は親の価値観と自分の価値観でせめぎ合うときである。そのときに、そこからsuccessfully 抜け出せたことを教えてくれた。
その戦いはとても長くて苦しくて、私は18歳(17歳かな)からずっと苦しんできた。特に父。たくさん悲しんで憎んで自分も嫌いになって、いろんな方法で立て直すことを試してきて、ここまでやってきた。自分なりに分析して何かを読んで吸収して、いろんな人のケースを知って。
そんな自分なりの営みが、最近よいところまで落ち着いてきたのは感じてきていた。
けど、それに自信がなかった。ストラクチャーのない自分なりの埋め合わせが、本当に自分の心を立たせることができるのか自信がなかった。
彼女は、それを、できてるよ、って認めてくれた。
それはとても大きなことだった。

ツーソンでの生活は楽園のようだった。
私を苦しめる人がいない世界、みんなが優しくて、笑顔ばかりで、人が助けてくれて、楽しいことばかりがおこる世界。そこにたくさん救われた。
けど、現実世界で生きていけるか少し心配だった。
やっていけるかなあって想像するとなんだか少し怖かった。
これが楽園だからできてるんじゃないのかなあって。

でも今日、どこでも生きていけるくらい大きくなっているってみてくれた。
それはとても嬉しいことだった。
違う都市にいって、ストレスを感じてしまったときとかに、でもストレスフリーの楽園が確実に世の中にあることを心に留めているのは、何も知らないのとは違うから。いつでもそこにいけるっていうのは、心の支え。である。確実に。

そんな経験を経て、私は私が思っている以上に強く大きくなっていた。
だから今まで自身の自分を想像しなくてもいい、もっとキャパシティの大きくなった自分を見て、それを動かす癖をつけていくこと。使ってみること。
今犯す失敗はきっと失敗じゃなくて、ミステイクのふりをした成功だからって。
嬉しかった。
自分の犯す失敗が大きすぎて最近怖かった。自分がコントロールできてない気がして怖かった。でも今の自分は信頼できる。きっと信頼できるから、失敗しても大丈夫だよって。
それはすごく嬉しかった。

父親の存在は大きかった。
ずっといて、ずっと彼との比較で生きていた。
けれど、最近解放された気がしていたんだよね。それを彼女が察知していた。
深い緑はそこからうまれたものだった。自分の人生にとって大きい人をひとりゆるした。
あすみちゃんの勝ちだよ、って言ってくれた。
勝ちっていうのは喧嘩の勝ちじゃない。父を1人の人間と見て、自分をセパレートして、別の個体として自分を作り上げて育てあげた、私の私に対する勝ちだった。
父はきっと自分にしてあげたかったことを全て私にしたのだ。彼は弱い。私はそれにも気づいていた。
けれど彼女は言った、父の子育ては成功だった。自分より強い人を作ったのだから。
それはなんともかっこいい言葉である。彼は新しい子育てで、それに気付くよって言ってた。
彼女は、私たち家族もこれからはすごくいいことがたくさん起こるよって言ってくれた。
母も含めて。
振り返ると10年弱ほど、ストレスフルな家族でいたから、各々がいろいろに頑張って、関係を諦めないで、そうしてきた甲斐があったね。よかったね。
これからはいっぱいいいことが起きるよ。

私は非常に素直だと。
そして人に信頼されるって言っていた。それは私の言葉に嘘がないから。
サンフランシスコに来て1週間、良い人にしか会ってない。みんなとても優しくて、わたしのためになることをしてくれて。
それは私は良い人で、信頼できる、本当の言葉を紡ぐから、みんなが助けてくれてるんだって言っていた。
うーん、正直私もそんな気がする。(笑)
最近は魅力を全開にして歩いているから、かわいらしい人たちがひっかかってきたりもする。そういう人たちに優しくごめんねをする方法を知らないといけない(笑)
それはおいといて、とにかく自分の進む道をクリアにしている限り、本当に助けてくれる人が現れてきて、それはとても嬉しくて感動している。
信頼できる人間、になれて嬉しい。

これからは、少し大きくなった自分に見合う心持ちをしていきたいと思う。
それを認められたのは本当に大きい。
新しくストレッチしてみて、新しく挑戦できる。怖がらずにできる。
本当に、それは大きい。嬉しい。ありがとう。

まゆみさんとのセッションはそんな感じだった。
深呼吸と水を飲むのを忘れずに、この新しい言葉を体に刻んであげたいと思う。

私は新しい章を開くのだ。

2.18.2017

分断された社会を乗り越える

無邪気な好奇心は人を傷つけると思った出来事があった。
それ以前に最近は友達から学ぶことが多くて自分の研究の先行研究ができてきて、「知識人としておごっていた」。
それでもそれを学んだことに意義はあるし、より深めていこうと思っている。

トピックはアリゾナ・ツーソンの低所得者。

私の研究はSNAP (Supplemental Nutrition Assistance Program, 以前フードスタンプと呼ばれていた低所得者向け食料バウチャー補助プログラム。アメリカの農業省が施行している全米最大のセイフティーネット。昨年度は4,400万人が受給していた。)がその受給者にもたらす野菜・果物消費の効果だ。

SNAPの目的は低所得家庭の収入の維持とよりより食事へのアクセスを提供することだ。受給者の所得と家族構成員人数によってだいたい月$100〜$400ほど食料のための補助がでる。

現在までにSNAP、フードスタンプのもたらす効果に関する研究はたくさんなされている。そしてすでに「SNAPによって食費への支出が増える」「SNAPによって食料保障状態(家に食べ物があるかないか)が改善」されることはここ数十年ほど有意な効果がでている。残念ながら、「SNAP受給女性は、所得等が同じそうでない女性にくらべて、肥満率が高い」、「(同じ比較で)BMIが1ポイント高い」「SNAP受給者は、所得等が同じそうでない人に比べて自己報告の健康指数が低い」など、健康に対してはネガティブな効果が報告されている。

すなわち、「増えた食費への支出」が「健康」に変換されていないということだ。
ここでキモになるのが、「じゃあ何食べてんの?」という質問で、だからそれが私の研究課題だ。
残念ながら、「SNAPによる食べ物、栄養への効果」の研究はどれも結果がバラバラであまり強く支持されるコレといった結果が蓄積されていない。結構サポートされているのは「 Whole fruits (まるまる一個のフルーツ、加工とかされてなくて。)の消費はふえる!」のと「砂糖、脂肪の摂取と正の相関関係」と「肉の消費もふえる」だ。フルーツ増えるのはいいけど、あと砂糖と脂肪はダメ、肉は質と以前のタンパク質摂取量による。他にも穀物、牛乳、ビタミン、食物繊維、カロリー、鉄分、といろんなことに対して研究していて結構バラバラな結果とか、「なんも関係ないです」っていう結果とかがでている。

なんで強い主張(ポジティブでもネガティブでも)がないのかっていうと、
1ー食べ物の測り方がわからない!人が摂取した鉄分量とかどうしてわかろうか!って感じで、そもそも研究対象が自己報告の食べた量な時点で少し「ほんまかい」感がでる
2− 使われているデータが一様ではない。全米対象が多いけど、数州のみ、とか、田舎のみ、老人のみ、とかでバイアスがかかっている。NYCとツーソンの食費は違いますからね。
3− 統計モデルの違い。

知りたいことを知るのはかくも難しきかな、ですね。
私の研究分野で語れるのはここまで。


話はかわるが、私のロースクールにいる最高にヒップで強くて美しい友達はPublic Defenderという、貧しくて弁護士が雇えない人のための弁護士になろうとしている。弁護士の中では最も薄給の部類だ(そりゃお金とる相手がいないからね)。法が守ってくれないような人を守る仕事で、同職で昨夏インターンした彼女は「毎日とても悲しかった」と言っていた。

2年目も半ばになって、彼女も専門の勉強を深めていて、最近はImmigration関連の実際の法手続きのアシスタント(それで単位がでる)をしたり、よりリアリスティックな現状に向き合っているし、トランプのExecutive orderのでた中、力を感じているそうだ。

横道だが、最近の私のプログラム(計量経済)での親友は、コロンビアで弁護士をしていた友達で、彼女は元々ポリティカルサイエンスとロースクールを出ているのに、計量にきたツワモノだ。

こないだこの2人と満月を見にハイキングをした。
もちろん話は政治と法の話になった。(こんなに実りのある聞き役があるものか、と思う)

先日こんな事件が州都フェニックスであった。
https://www.pri.org/stories/2017-02-10/attorney-says-woman-deported-phoenix-might-have-had-her-conviction-overturned
トランプの人種差別なExecutive Order, 「前科のある移民から優先的に強制送還させる」というものが適用され、以前ID詐称したがその後正式な法的手続きをへて市民権を得たメキシコ人女性が非合法的に移民局に拘置、強制送還されたのだ。彼女には2人のアメリカ国民のこどもがいる。
彼女を強制送還したオフィサーは憲法違反の差別的な法的手段をとることで有名な人で、現在まさに水を得た魚である。
しかもオバマのときに独立を約束された移民局と警察が、トランプ政権のもとでは協働するように促がされており、この例もあったせいで、まったく普通にくらしている移民に今恐怖が蔓延している。州知事も反対している。(そもそもアリゾナから移民がなくなったら社会も経済もまわらなくなる!!!)

なんとも中指を突き出したくなる現状だ。
それがこの先進国アメリカの進んでいるディストピアである。ミッシェルオバマの最後のスピーチを聞いて彼女は素晴らしいと感銘を受けてた日はまだ平和だったのだなと今思う。

話はもどるけど、彼女いわくツーソンのはずれにある拘置所はとても寒くて人が死ぬこともあるらしい。コロンビアの友達はこの拘置所に(嫌な)縁があったのだがそれは秘密。

実は私の周りに拘置所と刑務所にとても詳しい人がいる。
剣道の道場主だ。
彼こそはツーソンでパブリックディフェンダーを30年続けている人で、たまにジョークで刑務所の話をする。

そしてなんと私の友達が彼のことを知っていたのだ!
どうやらその現場で弁護士のアシストをするセッション(クリニックと呼ぶ、ローオフィスがクリニックと呼ばれている)で一緒になったことがあるらしい。それを発見した私は早速昨日の稽古のあとに友達の名前をだした。
She knows you!

昨夜は奇遇にも私と彼しかおらず(初めてだ!)彼は参加率の低さに超怒っていたけれども、ゆっくりと技を教えてもらえたりして私たちは良い稽古ができた。
その帰りに、友達と話した話とか、私は私で「フードスタンプはやっぱ健康ちゃうわ」って話したりとか、普段剣道メンバーの前で話さない話をした。「刑務所の飯は食いモンちゃうわ」とか。

私の友達は彼が剣道をしてると知ったとき「なんか、よかった。毎日悲しい話と向き合う仕事だから。彼にそういうほかに打ち込めるものがあるって知れてよかった」って言っていた。彼女は学生で、彼はプロフェッショナルで、仕事への思いの熱い人だけど、感情はきっともう切り離せるのだろうと思って、その夜に「彼女は、感情の切り替えのできるのすごいなって言ってたよ」って彼に伝えたのだ。彼は「いまだに悲しいけど、もう泣くことは減ったかな」と言っていた。

私はこの発言がとても軽率だったと今反省している。

今日フェイスブックを見ていたら彼の投稿があった。
「昨日、受刑待ちだったクライアントの女性が、子供を産むときに死んだという報告をきいた。はじめ彼女が逮捕されたときは本当にダメで、ヤク漬けで、ホームレスで彼氏からの暴力で目の周りが真っ黒だった。でも仮釈放時に本当によくやって、薬物中毒からもぬけだしたんだ。逮捕されたときに、妊娠したってわかって、それが彼女がちゃんとやれた理由のひとつだった。本当に人生を変えていたのに。とても悲しい」

未来のみえてきたクライアントの突然の死のあとの稽古に、私はあんな話をしたのかと!
少し彼らの仕事を見聞きしたからって、もっと知りたいと思って、友達は「とても悲しい仕事」とことあるごとに言ってたのに。ずけずけ聞いてしまった自分をとても恥じた。悔いた。
あと、本当に悲しい仕事だなって思った。




ignorance, unawareness は暴力だ。
私は本当に本当に温室育ちで世の中の美しいところだけを見て美しいところで育って美しいもの目指して生きていて。
自分の層と分断されている層を知りたいのは本音だ。本当に知りたい。私には教育という武器があるから、手強い相手と戦う武器があるから、それを存分に使いたいのだ。私自身がいっぱい教育に、技術に、新しい発明に助けられたのだ。実は簡単に助かることがいっぱいあって、知らないだけの人にどうか伝えたいんだ。救われるよって。
けど、やっぱり私もこちら側の人なのだ。トランプのサポーターが鼻をつまんで嫌うような。そのものなんだ。

私は弱くて、彼らみたいにそんなシビアな世界の第一線で弱い人に寄り添って生きることはできない。心が崩れると思う。けど、栄養とかもっと生活のボトムラインでなにか支えることができたら、と思う。
甘いかもしれないけど一生懸命やりたい。



今朝出た気候変動に関するリサーチチームの研究報告会で、バングラデシュの気候変動とvulnerabilityに関するプレゼンを見ていた。プレゼンターはバングラ人PhD。バングラデシュは三角州のような出来かたをした土地で(確か。)、川が多いのと地盤が緩く、気候変動によって洪水が増えて、貧しく社会的に不安定な人たちからどんどんより深い貧困におとされていく。今、経済状況が二極化していて、貧しい人と豊かな人ばかりで中間層がいないらしい。
社会的に不安定な人とは、という質問があり、彼はこう答えていた。
1−自分の土地をもたない人。たとえ洪水があって自分の収穫が0でも契約上お金をはらわなきゃいけないから。
2−政府や役人の使う言葉を知らない人。バングラデシュは他言語国家で、中央の言葉を知らない人からしたら、どんな情報もないに等しい。(情報の断絶)
そして彼らは「ニーズを伝えられない」(伝え方をしらない、伝えるということを知らない)らしい。

彼が農家とした会話で印象的なものがあり、引用していた。
農家「わたしのすきな食べ物しってる?」
学生「しらんがな」
農家「まあこたえてみてよ」
学生「こめ?」
農家「なんでそう思った?」
学生「僕は米が好きだし、〜だからかなって。」
農家「あなたも、政府の役人も、みんなそうやって勝手に彼らの答えを押し付けてくるんだよね。誰も自分たちを見ない」
これ、まさに中央のおごりだと思う。そもそも言語を用意していないのもそうだけれど、相手はこうだろうっていうの、とても押し付け。




最後の例。

中高の友達で、ものかきの仕事に携わりたい子がいて、実は1年くらい前に見事に転職して、webベースの出版社の編集になった子がいる。彼女が担当している漫画が紙面にのったということで、シェアされたのだけど、私からしたらいまいちおもしろくない。私の友達も好んで読むわけじゃないなあって思って。その他に彼女が「他社だけどあすみすきそうなもの」と言って教えてくれたのはおもしろかった。

でも、彼女の会社が続いているのは読者がいるからで。疑問に思ってどんな人が読んでいるか聞いたら、30〜50代の男性。50歳が読む漫画には見えず驚いた。そして「感想ハガキ送ってくれる人もいるけど、その中で35なのに日本語不自由な人とかいて、実際会わないような人たちだと思うよ」とのこと。面接でも「あなたは高学歴だけど、うちのお客さんは違う層だけど大丈夫?」って聞かれたらしい。

社会は本当に分断されている。
私から見えてない層が、私と全く異なる好みをもって、同じ社会で、違うものを消費して違う嗜好をもって(思考も違くて)生活している。けれど国はひとつだから、みんなが幸せになりたいなら、お互いのことを知って、歩み寄らなきゃいけない。そうじゃないと、どちらかひとつ、多くの場合はすでに権利を多くもつほう、のための社会になってしまう可能性がある。または、どちらも幸せにならない、トランプ政権のようなディストピアがうまれてしまうのだ。


この溝は高学歴の正攻法のお勉強じゃうまらなくて。
とてもセンシティブな問題だ。あちら側に閉ざされるかもしれない。
それでも、どうかあなたのことを教えてください、ってある知恵しぼってどうにか教えてもらって、あと自分たちのことも知ってもらわないといけないと思う。
それは、自分の、自分の属するコミュニティの、そして属さないコミュニティの幸せを守るために必要なステップだと私は思うのだ。


いろんなことを思う日々だったので、備忘録として。

10.11.2016

10月のエッセイ

自分のサイクルを知ることと他人に期待しないこと
最近自分の中で大切だな、と思う。


今期は去年とうってかわってかなりゆるやかなセメスターにしてみた。
プロジェクト型の授業が1つと、リサーチアシスタントの仕事が2種類だけ。

授業は企業と連携していて実際のビジネス課題にリサーチで答えを出すもので、
先生が課題を出してくれるものの先生自身ももちろん答えは知らないから、
私たちも課題以上にいろいろなことを試してみたりしている。

リサーチは興味のあるものをアサインされて、それを修論にする予定。
2つのプロジェクトを進めるのはなかなか重たい。

そんなわけで、分析してデータに聞いてみないと次に進めないようなプロジェクト3つで
クラスはほぼないのに結構な重量感のあるセメスターになってる。
けど、自分の議論に成長を感じて、超楽しい。

生活サイクルの話だけど、インターン生活をそのままアプライしようと思って、
平日は朝9時から夜6〜8時までずっとオフィスにいる。
そのあとは勉強しない。
(インターンで最も学んだことはタイムマネジメントだった)
それで金曜の夜はたいてい遊びに行く。

土日にまとめて家事をする。
先セメスターはご飯つくる時間がなくて気分が落ちていったから、
いまは土日に1〜2週間分のお弁当の作り置きをしてる。(おいしー)
ランチを買いに行く時間も省けるし、お腹落ち着くから午後からも効率よい。
それで土日の午後は剣道してる。

こういう完璧そうなサイクルまわしていると、
私はあるときふと疲れがたまって動かなくなったりする。
それがこの土日。
先週は研究がうまく進まなくて、何度もデータを確認していてとても疲れて、
そのまま金曜日に遊んだら土日ベッドから起きれなかった。
(いや、買い出しいって3品くらい料理して洗濯もして日曜は剣道したけど)

なんか土日剣道以外すごい陰鬱な気分で、洗濯と掃除も消化不良で、
だから月曜の今日も休むことにした。
陰鬱な気分ってのは、すべてが嫌になるってやつね。

前なら、なんでやる気でないんだくそだなーとか友達に電話とかしようとしてたんだけど
そろそろこれが自分のメンタルサイクルなんだなって気付き始めた。
今日はルームメイトが出て行ってから起きて(根アカな人なのでこういうとき会いたくない)、作り置きのパッキングとほうぼうの掃除と洗濯をしていたらだんだん気持ちが晴れ晴れしてきた。

疲れを癒せるのは自分(とマッサージ屋さん)しかいないと最近思う。
よくさ、寂しくて友達に電話したりしてたことあったけど
結局そうしてもなにも晴れなかったりするからね。
人に会えばなんとかなる、とか人に勝手に期待するのは無駄だと思う。

最近友達から相談をうけて、
「私はこういうときに一緒に彼氏とがんばりあいたいのに(伝わらない)・・」
みたいなこと言われたんだけど、
人と共有できる気持ちは、目の前にあるごはんにたいする「おいしー」という気持ちくらいしかないと思う。
一緒になって考えてくれる、親身になってくれる、のような過度な期待はもたないほうが幸せだと私は思います。なぜならば完璧な共有なんてないから。
他人は他人だからさ、それでたまに同じこと思ってたりするから嬉しくて楽しいんじゃないかな。

あとこれは余談だけど、なかったことにすれば?ってコメントを残す。
例えば、「クラスメイトからごはん誘われて、未読も既読無視も悪いしどうしよう・・・」みたいなやつ。「なかったことにすれば?既読して、返さなくていいし、で、次あった時ふつうに挨拶して、メッセを送られたことも忘れました、みたいな」とコメントする。私も面倒だなあと思うメッセ送ってくる人には、既読無視して次あったとき平気で「whatsup?」みたいな絡みをする。
実は今期数学の授業を途中で落としたんだけど、これもなかなか負け犬感はんぱなかったけど、なかったことにして目の前のものに集中したり。

私の陰鬱な日もなかったことにしたりする。
だって、いま挙げた例全部、多分自分以外誰も気にしてないし、自分も気にしても仕方がないことだから。

こうやって一介のメンヘラ女子だった私も、強くしなやかな女になっていくんだなあと思うこのごろです。
しかし剣道は昔の悪い癖が残っていて、これはなかったことにならないらしい。

みんな自分の足で立とうね。





8.25.2016

人間関係について考えること


  • 家族
一度離れて暮らすと、家族は意外とすんなり他人になる。
離れて暮らしている間に人は変化を遂げる。
簡単に知らない面がいくつも追加されていたりする。

家族だからといってすべてわかるわけでもないし、
家族だからって尊敬しなきゃいけないわけでもないし、
家族だからって甘えていいわけでもない。

もちろん子供である間はこの条件はすべて満たされるんだけど、
大人になってからはそうではないと思う。
20歳になってからとか、一度家を出てからとか、大人だなって感じるようになってから。

人と人として、礼節をわきまえて、尊重して、時間を共有して、
初めて、そして改めて、
父、母、弟のことを知り、
父、母、弟を尊敬して、
父、母、弟に甘えてもいいのだと思う。
同じ家に住んでいたって、きちんとお互いを理解する姿勢がないと、
その時間を設けないと、お互いのことなんて全くわからないも同然だ。
なぜなら、もう自分は家族の延長ではない独立した存在だからだ。

そしてもうひとつ、
家族だからって近距離にいることが必ずしも善とは限らない。
改めて、自分たちにとって最適な距離を保って関係を続けていくことがいいのだと思う。
(それは、上の「尊重」に含まれるんだと思う。)


最近は友だちやまわりのひとのことをすごく大切にできるようになってきた。
時間をとったり、話を聞いたり、声をかけたり。
それは、人と人として、礼節をわきまえて、尊重して、時間を共有して、
できるようになったこと。
そしてそんなふうに接してくれた人々に出会ってできるようになったこと。

それでも、離婚の負い目を感じてる父や、
老いが始まって以前ほど機敏に対応してくれない母には、
なぜかこどもの頃と同じようにしか振る舞えなくて傷つけてしまう。
そして改めて、親との関わりが他人との関わりと変わらないことに気づいた。
過去はいっぱいある。
それをまっさらにするつもりはない。
だけど、関わり方に変化があるのはおかしいことではないと思う。

他人と関わることで学んだ強さや優しさを、
改めて両親にむけてみようと思った夜でした。

9.24.2015

そこそこ頑張る女子たちに向けて。

ここ1年くらい、みんな人生のしわ寄せが突然きたのかというくらい、そこそこ重くて長い相談を友だちから受ける。わたしで良ければ、と思って耳を貸していたものの、耳レンタルもそう簡単ではないことに気づき、どうせ同じこと聞かれるならブログにまとめてみようと思って書くことにした。

わたし自身、大学に入ってからこの冬くらいまで日々色々なことについて悩んでいた。20歳の頃に比べて、22歳の頃になったら悩みの量も結構減ったものの、色々と思索に明け暮れていた20代前半だった。(来月で25になります)
かなり以前からフォローしているTwitterの人で、30歳頃に定職についた人が、30の誕生日を迎えたときに、20歳の頃なんて戻りたくないってツイートしていた。それはわたしも強く思う。ハタチはバラ色の人生だと大人は言っていたが、あんな暗澹とした世界にはもう一生戻りたくないし、裏を返せば、その頃に比べたらすごい勢いで成長している今が好きだ。
(それでも、高校生の頃に戻りたいなんて思うことはときたま、ある。)

多分、今悩んでいるまわりの友だちよりも数年早く「多様性」の波に飲み込まれてのことだったのだろうと思う。
小中高大、と美しくひかれたレールの上を歩いてきた。京大に行った身としては、その先にも一流企業とかいう美しいレールが続いていることも知っている。
わたしは「大」のレールに乗れなかった。
そして歳を重ねれば重ねるほど薄くなっていくレールの不安定さに、友だちも気づいたんだろう。怖くて乗っていられなくなったけど、今更乗り換えることもできなくて、友だちや家族に電話してつぶやくのだ。「レールが変なんだけど・・・」

具体的にはこういうこと。


  • 高校の友だちは今こんなことをしているのに自分ときたら・・・

バラバラのレールに乗ることを頭ではわかっていても、感覚としてつかむのは難しい。


24、25歳のいま、高校から4大に行ってすんなりと就職した友だちはみんな社会人3年目を迎えている。ある程度の社会的責任を負い、そこそこの貯金もして、大学生の頃よりも良い服をきて、良いものを食べている。大学院に行った友だちも今年から働きはじめている。

なにかしらの不安を抱えて電話してくる友だちの中には学生が多い。
大学に入る前に浪人をしたから、PhDに進んだから、留学や休学で留年しているから、色々な理由で、25歳になっても未だに親の庇護下で小学生の頃から変わらない営み(おべんきょう)を続けている子たちだ。
まあ自分もだし、いつまでこれやってんだろう、という気持ちもわかる。

ところでそういう友だちは大抵賢くて、努力家だ。
自分で専門を選択して、主体的に物事を学んでいる。
というわけなので、勿論、「普通」と言われているレールに見向きもせずその上を目指している。多分、自分でそこを意識することが重要なのだ。
(これは学生をしている友だちだけでなく、働きはじめて会社をやめたいと嘆く友だちも同じだ。)

彼らは、「そこそこの就職口に就職して働きはじめ、ふつうの24(25)歳OLになる」という選択肢を持っていた。確実に持っていたし、実現しようと思えばできたのだ。
でもそれをしなかった。自分の意志でその「普通」という選択肢を放棄したのだ。

というわけで、落ち着いて考えてほしい。
「既に就職した友だちと比較して自分が不安定な学生という身分を続けることに不安を感じる」リスクをとっても、彼らはその道を選びたかった訳なのである。
そんなに学生してるのこわいんか、じゃあ普通に就職すれば?というとたいてい口を揃えてNOという。それが本心なのだ。

良いとこ取りなんてできないんだから、そんな目標の高く努力家(で頑固でわがまま)な自分を受け入れて欲しいと思う。不安は消えないけれど、自分で選んだ道を行くというのはそういうことなのだ。
人と違う不安を抱えて、でも人と違う楽しさとも出会えて、歩いて行くということだ。受け入れましょう。


ついでに言うと、「○歳だから(〜しなければならない)」ということに煩わされるのはもうやめたほうがいいとも思う。年齢と人生の進捗具合にたいした相関はない。




  • じゃあ不安は消えないの?自分の将来がみえなくてこわい・・・


というのが悩みのセカンドステップだ。
かしこまりました、不安を消す魔法を教えましょう、https://youtu.be/algaC2jhu8s

・・・という訳にはいかない。

将来に関する不安は星の数ほどある。
それら全てに立ち向かっていたらそれだけでもう気が滅入って死にたく、もとい、全てを忘れてハワイにいきたくなる。ところがフライトを買うお金もないわけだ。

物は考えよう、と人は言う。
こちらが真剣に不安に思っていることを話したときに、ひっくり返してこう考えればいいんじゃない?とアドバイスを下さった人がたくさんいた。ありがたくないこと山のごとし。何も解決していない。
しかし、実際のところ目の前でスンと解決できる悩みなんて片手で数えるほどもないはずだ。あったとしたら既に解決されているはずである。なぜならば、ここで書いている悩みをもつ主体の彼らは、そこそこ賢くてそこそこまじめだからだ。
中には、そんなこと考えなければいいじゃん、と言ってくる人もいるだろう。でもこちらとしてはあなたほど能天気な人間にはなれないんです、というものだ。

じゃあどうすればいいのか?

悩んで苦しんで下さい。
そうとしか言えない。

それがそこそこ賢くてまじめ(で頑固でわがまま)な人の宿命なのだ。

わたしは大学2回〜3回夏まで、大学が嫌いで嫌いで仕方なかった。まわりにいる人も好きになれなかった、先生もクソかなんかだと思っていた。親も意味不明な勢いで離婚するし、本当に色々考えた。
色んなことで悩んで、色んな人に上に書いたようなアドバイスをもらった。1000回くらいもらった。
879回目くらいから、「これはこう考えることができる、というアドバイスくれそうだなこの人」という予測がたつようになって、アドバイスもらうだけ無駄、みたいな気持ちになった。そう考えることができないから悩んでいたわけだし。

それで最終的に、ようは考えようだから考えるだけ無駄、という結論に至った。自分の考え方もひっくるめて、「これはこういう考え方とこういう考え方とこういう考え方がデキマスネー」という冷めた客観視ができるようになった。もう1歩進んで、「こういう風に進めるのがベストデスネー」ということも他人事のように考えられるようになり、「じゃあススメマショー」という流れでとりあえず「悩むだけ」の世界から抜け出した。
逆に言うと、事実以外のものが全てどうでもよくなった。

すると1つ前の話と同じ結論なのだが、不安を受け入れることができるようになった。(というか受け流す?)

まあこれも、頭ではわかっていてもそう心が動くようになるには時間がかかるので、自分的な境地が開けるまではぜひ悩み悶え苦しんで下さいというのが最適解だと思っている。



  • とりあえず以上2点で終わりにします。

たいていの相談の電話は、「うんうん」とか言いながら部屋を片付けたり洗濯物をたたんだりして、最後に上記2点に触れると、「相談してよかった」という方向に流れる。適当でごめん。

これはわたしの経験に基づく話なので勿論あてはまらない人もいる。
「そこそこ」頑張る、と言ったのは、本当に頑張ってる人たちはこんなちっぽけな悩みで止まったりしないからだ。
だからといって、わたしも含めたそこそこ頑張る女子がダメなわけじゃない。そんな完璧な人はなかなかいない。(きっとMITとかにいる。)

ちっぽけだけど過小評価せずに、自分が今まで蓄積してきたことに自信を持って、失敗を恐れずに続ければ、きっと楽しい生活が待っているはずだ。あと自分が頑固なこととプライドが高いことも忘れずに、たまにはしなやかな気持ちにもなること。
自分のハンドル握ってれば大丈夫。


わたしだって正直、こんなこと考えず楽しい20代前半したかったよ。
けどこれが自分だから。





R.I.P to my dearest friend

My close friend in Tucson committed suicide It was Saturday morning here 7:30am Woke up and checked my phone Had a message from Tucson...